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松山地方裁判所 昭和27年(行)7号 判決

原告 松原仙蔵

被告 愛媛県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「一、被告が西条市下島山字里木谷乙三十一番地の二、保安林九反一畝二十八歩に対して昭和二十二年七月二日愛媛県農地委員会が承認した買収計画に基いてなした買収は無効なることを確認する。二、被告が昭和二十六年九月二十日原告に対し前項記載の土地上の全立木を同年十月三十日までに収去すべき旨の収去命令は無効なることを確認する。三、訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求め、その請求の原因として、愛媛県農地委員会は昭和二十三年七月二日西条市農地委員会が請求の趣旨記載の原告所有山林(以下本件山林という)に対してなした買収計画を承認し、これに基いて被告は本件山林を買収した。而してこの買収手続につき、昭和二十三年十二月頃被告から買収令書が原告に対して送達交付されたが、この買収令書は既に買収済の西条市下島山西加納戸二千四百七十一番地山林四反九畝二十五歩及び全然被告の所有に属しない同所二千四百七十三番地山林四畝二十一歩をも同時に買収する旨の全く誤びゆうの買収令書であつたから、原告は右誤びゆうを訂正されたい旨送達の使者に申向けて置いた。ところがその後被告から原告に対してなんの連絡もなかつたが後に判明したところでは、被告は同二十四年七月三十一日右買収令書を誤びゆうのまま、公告しているもののようであるが、右のように全然誤れる買収令書をなんら訂正することなく、唯慢然と交付不能を理由に誤びゆうのまま公告したからといつて、それが交付に代るべき適法な公告といえない。要するに本件買収は右買収令書が違法であり、又適法な買収令書の送達、交付もなければ、公告もない次第であるから右いずれの理由によるもその無効なことは極めて明白である。仮りに右主張が理由がないとしても本件買収は原告の先代訴外松原覚十郎を本件山林の所有者なりとして同訴外人あてになされているが、同人は同二十一年四月二日隠居し、その結果、原告が家督相続により本件山林の所有権を取得したものであるから、その後になされた本件買収は無権利者を対象としてなされた無効のものである。尚被告は原告に対して本件土地上の全立木を昭和二十六年十月三十日までに収去すべき旨の同年九月二十日付収去命令を送付して来たが、これは前記無効の買収に基いてなされたものであるから無効であると陳述し、被告の主張事実中、当時本件山林の所有名義人が訴外松原覚十郎となつていたことは認める。と述べた。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その答弁として、原告の請求原因事実中、愛媛県農地委員会は昭和二十三年七月二日西条市農地委員会が本件山林に対してなした未墾地買収計画を承認し、これに基いて被告が本件山林を買収したこと、被告は原告主張の日時頃、その主張の如き買収令書を原告宛送達したこと、本件買収は原告の先代訴外松原覚十郎を所有者としてなされていることはいずれもこれを認めるが、同訴外人が隠居し、原告が家督相続したことは不知である。本件買収手続はすべて適法であり従てその収去命令も適法である。即ち本件山林に対する買収手続については、昭和二十三年五月十五日買収計画を樹立、公告し、同月十七日以降同年六月五日まで、これを縦覧に供し、右買収計画については同年七月二日愛媛県農地委員会の承認を受けた後、被告が同年十二月中旬頃原告に対し、その主張の如き買収令書を送達、交付したが、その後、更に、原告に対し同二十四年二月二十日までに買収令書を受領すべき旨の通知をしたところ、原告はその受領を拒絶したので、同年七月三十一日愛媛県報に公告して、交付に代えて本件山林を買収したのである。尚本件買収は訴外松原覚十郎を所有者としてなされているけれども、これは当時本件山林の登記簿上の所有名義人が同訴外人であつたから、右登記名義に基いて処理したのであると陳述した。

(証拠省略)

理由

乙第一、第二号証並に甲第四号証の二によれば西条市農地委員会は本件山林に対し昭和二十三年五月十五日未墾地買収計画を樹立、公告し、西条市役所において同月十七日以降同年六月五日までこれを縦覧に供したこと、被告は右買収計画により、買収すべき農地の所有者はいずれも松原覚十郎、右農地の所在、地番、地目及び面積は(一)愛媛県西条市大字下島山字西加納戸二千四百七十一番地山林四反九畝二十五歩(二)同市同大字同字二千四百七十三番地山林四畝二十一歩(三)同市同大字字水谷乙三十一番地山林一町七反八畝十二歩中買収すべき面積九反一畝二十八歩、買収の時期同年七月二日とし、その他所定事項を記載した同年六月三十日付の買収令書(以下本件買収令書という)を作成したことが認められ右認定に反する証拠はない。而して本件買収令書が同年十二月頃原告に対して送達、交付され、本件山林が右買収時期に買収されたこと、及び右買収計画は同年七月二日愛媛県農地委員会の承認を受けているものであることは、当事者間に争ない。

そこで原告は本件山林の買収は無効であるとしその理由として

一、(1) 本件買収令書記載の(一)の山林は既に買収済のものであり、(二)の山林は原告の所有に属しない、他人所有の山林であるから、これらの山林を同じく(三)の本件山林と同時に買収せんとする本件買収令書は誤びゆうのものであつて、買収令書としての効力を有しないのみならず、かかる買収令書の交付も適法な効力を生じない。

(2) 原告は右誤びゆうの訂正方を送達人に申向けておいたにもかかわらずその後被告から原告に対しなんの連絡もなく、且つ本件買収令書を右誤びゆうのまま、交付に代えて公告しているが、唯慢然と交付不能を理由に、誤びゆうのまま公告したからといつて、買収令書の適法な公告とはいえず、無効である。と主張するので先ずこの点について判断する。

右(一)及び(二)の山林は原告主張の如きものであることは当事者間に争ない。然し本件買収令書にかかる山林を買収する旨の記載があつたからといつて、この瑕疵により直ちに本件山林の買収令書としての効力に消長を来たすものとは認められない。而して本件買収令書は原告に対して送達、交付されているのは前示のとおりであるから、この交付はもとより有効であり、原告の(1)の点の主張は理由がなく従つてこれらの無効を前提とする(2)の主張もその他の判断を俟たず理由がない、(尤も乙第三号証の一、二第四号証の一、二によれば被告はその後被告主張の如く改めて買収令書の受領の通知及び受領に代る公告をしているけれども、既に適法な交付がなされている以上、右は無用な手続をしたに過ぎない)よつて右各主張はいずれも採用できない。

二、原告は仮に右主張が理由ないとしても、本件買収は原告の先代訴外松原覚十郎を所有者としてなされているが、同訴外人は昭和二十一年四月二日隠居し、その結果原告が家督相続により本件山林の所有権を取得したのであるから、本件買収は結局無権利者を対象としたもので無効であると主張するので按ずるに、本件買収令書は原告の先代で登記簿上の所有名義人である訴外松原覚十郎を本件山林の所有者として同訴外人あてになされていることは当事者間に争なく甲第一、第五号証並に原告本人の供述を綜合すれば、本件山林は、もと右訴外人の所有に属していたところ同訴外人が昭和二十一年四月二日隠居し、原告は家督相続により、これを承継取得したが、本件買収令書交付当時、未だ移転登記手続を了していなかつたに過ぎない事実が認められるけれども原告は本件買収に先立ち既に本件山林を家督相続により承継取得していたのであるからこれに対する買収手続を十分諒知し得る立場にあつたばかりでなく、前示の如く本件買収令書が相続人たる原告に交付されたという事情があり、且つこの交付に当り原告において買収名あて人の誤びゆうにつき、特に異議をさしはさんだとの事情の認められない本件においては、買収の名あて人を誤つたという違法は、本件買収を無効ならしめるものではない。従つてこの点の主張も採用できない。

仍て原告の本訴請求はいづれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東甲子一 橘盛行 西川太郎)

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